茜染めで味わいある色彩を表現
茜の根を洗ってから煎じて、染液で染めていく。焙煎剤、染料の濃淡、温度のかけ方、糸やシルク素材などでいくつもの色に染め分けることができる。
上村花保吏さんはいつも、茜の持つ能力を充分に出し切ってやることを心がけている。
「茜は華やかな色だと思っています。赤の世界では茜が一番強い。薄いけれども最後までしっかりとしている。芯のある色ですね」。
上村花保吏さんは、現在居住している京都をはじめ、東京銀座の「和光」などで何度も作品展を開催している染色作家。中でも「茜染め」では、独特の味わいを持つ作品を発表し、全国に多くのファンをもつ。
花保吏さんが染色を始めたきっかけは、嫁いだ先のお義父様が染色研究家であったことだ。義父の名前は上村六郎氏といい、大阪教育大学などで教鞭を取られた理学博士で、正倉院御物の色の分析をしていたほどの大家。家の中には、染色に関する収集品や文献が数多くあった。
お義父様がお師匠様
「そういうことは、一つも知らないでお嫁に行ったの」と、花保吏さんは微笑む。気が付いたら、家庭の中にあって、さまざまな手伝をしていた。
あるとき、六郎氏が色見本をつくると、思うように色が出なかった。そこで花保吏さんが染色してみると、うまくできた。「この色を拡大したらどうなるだろう」と、さらに大きいものを染めてみたら、それもできた。
花保吏さんは、こうして染色の世界に没頭していった。結婚して子供ができたあと、二十代の終わりのことである。
「京都は染色に関して、資料、技術などあらゆるものがあり、この分野では面白いところ。絶好の場所を得たことも良かったですね」と花保吏さんは振り返る。
上村六郎氏は、陶芸や民芸、紙などさまざまな分野の研究家・芸術家と親交があった。六郎氏が語るいろいろな話を、他人事と思わず聞いていたことも、花保吏さんにとって勉強になる。
染め物を見れば見るほど、なるほどといろいろなことが分かってくる。花保吏さんは、それらの知識と経験を自分自身の中に幾重にも積み重ねていった。
ふるさと岩手とともに
花保吏さんは、岩手県から「銀河系いわて大使」を委嘱されている。これは岩手県が各界で活躍する県出身の文化人に、「いわての広報官」をお願いしているもの。
「岩手というふるさとがあって本当に良かった。精神的なものは、生まれた岩手という環境に、かなり影響されていると思います」と花保吏さんは話す。
現在、花保吏さんは、岩手県蚕糸試験場が行っている実験プロジェクトに協力している。これは京都工芸繊維大学が開発した新しい桑を処理した粉末飼料を蚕に与え、その結果を分析しようというものである。
このプロジェクトについて花保吏さんは、「新しいシルクを作ることに協力していきたい。新しい蚕をつくり、日本人として日本のシルクをちゃんと残しておきたい」と並々ならぬ意欲を語る。
実験によると、新しい飼料を食べた蚕からできた繭は、ことのほか上質だという。
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