2-バレーダンサー小牧正英と岩谷堂

 江刺は、日本を代表する何人もの芸術家の“ゆかりの地”である。
 文学では、詩人で童話作家の宮沢賢治、劇作家の菊田一夫、小説家の川端康成が江刺を訪れ、その風土や体験を何らかの形で作品に残している。
 さらに詩の分野では、戦前・戦後に中央の詩壇で活躍し、その後、岩手の教育界に貢献した佐伯郁郎氏が市内米里の出身。また、同じく詩人で晩翠賞を受賞した宮静枝さんも市内広瀬の出身である。
 このように有名な作家が関係しているため、江刺と文学との関わりは大分知られてきた。あまり知られていないのは、文学以外の芸術家と江刺の深い関わりについてである。
 中でも、もっと知られていいと思うのは、バレエの小牧正英氏のこと。年輩の方にはご存じの方もいると思うが、小牧氏は日本で初めて『白鳥の湖』を上演した人であり、日本において本格的なバレエを始めた草分け的存在だ。日本におけるバレエの歴史は、小牧氏なしに語ることはできない。
 小牧正英氏は、岩谷堂の銭鋳町(現町名・銭町)の出身で、本名を菊池榮一という。小牧正英は芸名である。
 家は菊榮商店という味噌・醤油・酢の製造と販売業を営んでいて、比較的裕福な家であった。榮一少年は東京の目白商業学校に進学。そのあと大陸に渡り、さまざまな体験をしながらバレエを学ぶ。だが、まもなく戦争が勃発。幾度もの危機を乗り越えて日本にひきあげた。
 戦後、東京バレエ団設立に参加。その後、小牧バレエ団を創設し、日本バレエ史に一時代を築く。
  ところで、江刺・岩谷堂と西洋舞台芸術の粋「バレエ」とは、全く結びつかないような気がする。突然変異で小牧正英という天才ダンサーが江刺から出現した……。果たしてそうなのだろうか。
  繁栄していた頃の岩谷堂は芸事が盛んな街であった。また、江刺地方では今でも多くの伝統芸能が継承されている。そう考えると、小牧氏が江刺から生まれたことに何ら不思議はない。江刺はもともと“舞踊の郷”なのであるから。
 小牧正英氏は平成13年で90歳となられる。今も東京で元気に暮らしている。

「白鳥の湖」伝説

※小牧正英氏の生涯は、 『「白鳥の湖」伝説―小牧正英とバレエの時代―』 山川三太著(無明舎出版)に詳しく紹介されています。この本は銭町出身の元読売新聞記者・故及川芳夫氏の支援によって編集・執筆されたものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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